第14回別府アルゲリッチ音楽祭 マラソン・コンサート


第14回別府アルゲリッチ音楽祭 マラソン・コンサートに4年ぶりに行ってきました。
16時から始まったこの素晴らしいコンサートは、出演者それぞれが白熱した演奏を展開し、9時半頃幕が降りました。当夜、ホロヴィッツを通じて知り合い、親しくお付き合いをさせていただいています横浜・東京・大阪から来られた3名のお友達の方々と、終演後の夜の別府に繰り出して「乾杯!」と叫んでオフ会が始まったのがすでに22時30分、夜の別府初体験の私がとても楽しみにしていた“関サバ”“関アジ”は残念ながら終了しておりました(泣)。3名の方々が空から短時間で来られたのに対し、直線距離では一番近く高速道路なしの約200kmをマイカーで途中休憩入れて5時間掛けて駆けつけた私の現地入りが一番遅く、他3名は、すでに温泉を満喫されて、万全の臨戦態勢にありました。また、さきほど一番遅くに帰途に着きました私がパソコンを開いてみますと、私のホロ爺ブログとリンクを貼らせていただいています一足先に帰宅された東京のTさんの「営業マンの備忘録」に早速、当夜の模様を熱く語られていますので、是非ともご一読下さい。当夜のオフ会でもフランクのバイオリンソナタの最高の出来に話題が集中しておりました。

私が今回、別府行きを決定した大きな要因となりました初めて耳にする、ショパンコンクール第3位チャイコフスキーコンクール優勝ダニイル・トリフォノフさんは、この夜の最後のトリとして登場し、そのプログラムは、

1. スクリャービン: ピアノ・ソナタ 第3番 嬰ヘ短調 作品23
2. ドビュッシー: 『映像』第1集
3.ショパン: 12の練習曲 作品10
アンコール.シューマン=リスト:献呈


でした。ステージ登場時から長身、なで肩、しかもイケメンでパッと会場が爽やかに明るくなり、身体からそのオーラと輝きを発していて、華がありました。そのしなやかで柔軟な身体から打鍵される若きサラブレッドの如き溌剌とした新鮮な音色は、予想通りの素晴らしさでしたが、アルゲリッチさんの深く大ぶりで宇宙的な音とハーモニーとは非常に対照的でした。私はショパン12の練習曲が一番楽しめました。特に感じたのは、12曲それぞれの最後の和音の音色とタッチがいずれも非常に美しかったことです。今回、私が聴いた席は、1階S席の後ろの方のR席の正面で、当夜、ピアノを弾いたのはアルゲリッチさんとトリフォノフさんの2人だけだったのですが、この夜はアルゲリッチさんにしてもやや音色が硬く感じられ、できればトリフォノフさんの演奏は、最近、ずっと使っていてコントロールし慣れているでしょう、ショパンコンクールでも使っていたファツィオ―リのコンサートピアノで聴いてみたかったと思いました。これは次回の楽しみに取っておきましょう。また、レゴツキのヴァイオリンの音色には特筆すべきものがありました。余談かもしれませんが、ヴィオラの川本嘉子さんのグリーンのドレスの鮮やかさは他メンバーが真っ黒な中、とても見栄えがしてホッとしました。

しかし、ホロヴィッツ愛好家同士のオフ会は実に楽しかったですが、終演が遅かったので、正味2時間位しか話せませんでした。最後は屋台風の別府ラーメンで締めましたが、まだまだ語り足りなかったので、次回また続きをやりましょう。
posted by: g-ensis | コンサート評 | 20:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
安西創さん in “青い部屋チャンネル”
3年前のカルメンボウタイ誕生直後から私どものボウタイ(蝶ネクタイ)をご愛用いただいていますフランス帰りのボタンアコーディオニスト、安西創(はぢめ)さんが、インターネットテレビ・Scatch.TV/青い部屋チャンネルにスワロフスキーボウタイを締めてゲストとして登場されました。



この番組ではインタビューが多いので、1曲をフルに弾かれてはいませんが、ご愛用のイタリアのエキセルシャーのボタンアコーディオンで聴かれるミュゼットなどの蛇腹を返す時の非常にメリハリの効いた演奏が印象的です。安西さんのアコーディオンを近くで聴きながらいただくフランス料理はきっと格別でしょう。

このスワロフスキーボウタイは、パソコンの画面では光がはっきり見えませんが、薄緑の“クリソライト”のスワロフスキー・ラインストーンが付いていて、“シャンゼリゼ劇場”と命名したボウタイです。安西さんは、高校生の時から手結びボウタイを愛用されているので、ここでも真ん中の締めをより細く、アゲハ蝶のようにとても立体的な結び上がりに結んでいますね。


*グランドキャバレー“青い部屋”とは、(Wikipediaより)
1965年に銀巴里シャンソン歌手、ミステリー作家の戸川雅子さんの姉が開いた喫茶店を前身に1967年、場所を現在の東京・渋谷に移転。形態を喫茶店から酒場へと変更。その後33年もの間シャンソニエ/サロンとして、三島由紀夫、美輪明宏、川端康成等文化人をはじめ政界・財界の名士達から愛されてきた。2000年12月、内部の老朽化に伴いリニューアルオープン。若者がバンド演奏やダンスなどのパフォーマンスを行う、ライブハウスの要素を取り入れたシャンソンバーとして再出発し現在に至る。毎週月曜には銀巴里の流れを受け継ぐ『月曜シャンソンコンサート』を開催している。



♪♪♪ハッピー◎ボタンアコーディオン♪♪♪
お電話一本全国どこでも参上!安西創(あんざいはぢめ)さんの連絡先は、

お問い合わせ03-3305-7239(FAX共・留守電対応)

ブログ更新中→http://laccordeon.blog89.fc2.com/



posted by: g-ensis | ご愛用者情報 | 12:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日の1本/“ダイヤブロック”
久しぶりの「今日の1本」。



新しく自分用に1本おろしました。小学生5年生の頃、即席の“フリッパーラーメン”の空き袋を送ったら当たったっけ、ダイヤブロック。確かスケルトンのオレンジ色だった記憶があります。「レゴ」なんて言葉がでてきたのはも〜っと後のことでしたね。

ユニークなモチーフの多いここのボウタイは10年近く私はお得意様なのですが、最近、柄のバリエーションが増えてかつ安くなってきてはいるのですが、シルクの質が少々硬く、ツイル(綾織り)の目が45°バイアスよりも縦方向に近い70°位のバイアスになってきているものがあるようになりました。
posted by: g-ensis | 今日の一本。 | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
井手綾香ちゃん1stアルバム「アトリエ」


ついに本日4月25日、井手綾香ちゃんのファースト・フルアルバム“atelier(アトリエ)”が発売されました。
私は一足お先に9曲入りDVD付き初回限定盤を入手し、昨夜はDVDの方を全曲鑑賞しました。
8曲目「ひだり手」の動画はこれが初公開で、真剣な顔で近くに座っている誰かの顔をデッサンしている綾香ちゃんのシーンから始まるこのPVは、バックのピアノだけの演奏から、トロンボーンが入って来るところで、そのモデルさんの姿が写り始めるのですが、あれっ、どこかで見たことのある・・・そうです、数秒して、これはジャズトロンボーンニストのおじいちゃんのビル・ワトラスさんだとわかりました。全編に、遠くのおじいちゃんの姿を追い求め、ついに近くまでたどりつき、自分の作った歌を一緒に演奏して、自分と同じ血が流れているのを感じて、そして今、一緒にいれることが幸せだというのが、とてもよく伝わってきて、しんみりとしてとても暖かいPVで大感動しました。この“ひだり手”とは、綾香ちゃんのお母さんの手のことだったのですね。去年の11月に、娘が高校の定期試験が終わったある土曜日に「試験終わってすぐ綾香がロスに行った〜。」と言っていた日があったのですが、これを撮ってきたんですね。「少しずつ」のPVもこの時に撮ったのでしょう。彼女のバックに映る車が右側通行になっているのでイヒヒ

*ひだり手


綾香ちゃんは、今朝、日本テレビ系「スッキリ!」(8:00〜10:25)に生出演して、パンテーンのCMのバックミュージックの「ヒカリ」を歌いました。とてもよく声が出ていて気持ち良かったです。特に一番の聴かせどころの“shining your love"の後の一番音程の高い「アアアア〜」という部分!。ライブであの安定感で歌えるのは凄いです。綾香ちゃんは、生まれつきカナリヤのような非常に稀な人間だと思います。今日の出演でずいぶん「アトリエ」が売れたのではないでしょうか。amazon.comでは、本日で、この限定盤は在庫切れとなってしまったようです。CDの方は、今日、全曲を聴きましたが、今までの曲を全曲知っている者にとっては、ほとんどの曲がどこかアレンジが違っているヒット曲のオンパレードになり、楽しいことこの上ありません。シングルで発売された曲は、シングルよりもバンドのグルーブ感がドライブしていて、特にベースの音色とノリが良く、ベースのボリュームの比重が大きいビートルズばっかりを聴いて育った私には、こちらの方が好みです。初めて綾香ちゃんを聴かれるリスナーさんも満足されることでしょう。これを機に今後、ヒット曲は増え続けて、ファンは倍増することでしょう。今年年末の紅白歌合戦出場も決して夢ではなくなってきた気がします。


ところで、綾香ちゃんのアルバムに夢中になって、自分の方の新発売のニュースを忘れてしまいそうになりました。おなじみカルメンボウタイ(蝶ネクタイ)の2種類の新色バージョンができました。今の季節にピッタリの春らしくとっても爽やかなラベンダーバージョンとグリーンイエロー(黄緑)バージョンです。商品掲載はホロ爺のボウタイショップの“☆在庫あり即納可能商品”のカテゴリー内です。



綾香ちゃんの初アルバム「アトリエ」発売と同じ日に発売となりましたこの2色、いつもと同じようにシカゴのROBERT DASKALのアトリエでHANNAが手描きして送ってくれたものです。綾香ちゃん今回のアルバムのそれぞれの曲には、cyonとか sky blueとか、曲にそれぞれのイメージカラーを与え、歌詞カードのタイトルはその色で印刷されて楽しめますが、カルメンボウタイは、今回のこの2色で、全21色となりました。
posted by: g-ensis | 井手綾香ちゃん | 18:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
ホロヴィッツのCD75
*HOROWITZ AT THE MET


昨年の5月あたりから、このホロ爺ブログへ"CD75"という検索文字列で訪れて来られた記録がちらほら増え出したことがアクセス解析を見ていてわかり、今頃、どうしてだろうと当初思っておりましたが、その謎が割と早く解けました。ホロヴィッツが1981年から1983年の日本初来日コンサートまでのほんの短期間、使用していた1912年製のニューヨーク・スタインウェイが、昨年の5月に東京のタカギクラヴィアさんの元に納まったのでした。CD75は、絶不調の日本公演を最後に表舞台から遠ざかり、あれからあのピアノの消息はいったいどうなったのだろうかと、数年前、私はフランツ・モアさんに尋ねたことがあるのですが、その時の答えは、日本公演の後、工場で何度か目撃したけれども、だれかに売られいってしまったというものでした。その後、一昨年にその持ち主だった女性ピアノ技術者の方がCD75との出会いから最近までの記録を記したレポートを読ませていただく機会を得たのですが、彼女は、ホロヴィッツがこのピアノと運命的な出会いをする以前からニューヨークのスタインウェイ社で出会っており、ある日、ホロヴィッツに気に入られて、言わば横取りされたごとく去って行くのですが、その後、彼女は再会してこのピアノを所有することになります。途中、ランランのアパートに貸していた時期もあったりしたのですが、そのCD75が東京のタカギクラヴィアさんの元に落ち着いたのです。

ホロヴィッツがCD75を使用していた時期は、所有の#314503などとは違い、ごく短期間ですが、"HOROWITZ AT THE MET"と"HOROWITZ IN LONDON"の2つのライブレコーディングで、本人が"nazel"と表現していた非常に“鼻にかかった”、枯れに枯れた、鈴が転がるような、立っている、ちょっと他では聴くことのできない極上のオールドスタインウェイの音色を聴くことができます。

このブログの「翁の蝶」“第一章・出逢い” に書いておりますが、私は、特に1983年の初来日の年に持ってきて使用したCD75のTV放映で耳にした音と、"HOROWITZ AT THE MET"の音が忘れられません。その年、私は静岡県浜松市の専門学校に通っていて、TV放映で見た初来日コンサートの演奏は、ご存知のように体調がすぐれず、散々なものでしたが、当時の私の耳にその音色は驚きでした。低音はまるでゴジラの鳴き声に似て、中音はの音、高音は硬質なクリスタルな音―。そして、その時、その2年前のライブ録音である"HOROWITZ AT THE MET"のCDが発売されていて、友人が、当時、CDプレーヤーを持っていなかった私にダビングしたカセットテープをくれました。冒頭のスカルラッティの6つのソナタが特にお気に入りです。が、テープをくれた友人は、なんとその3ヵ月後に突然他界し、テープは形見となってしまいました。以後、このアルバムが自分の持っているクラシックピアノのCDで、一番好きであることは何ら変わらないのです。もし、友人があの時、テープをくれなかったら、こんなにホロヴィッツを好きになることも、ピアノを好きになることも、そして、今は“ホロ爺のボウタイショップ”を作ることもなかったかもしれない・・・と友人に感謝しながら、ホロ爺ブログを書いています。だから、ホロヴィッツの初来日後と友人の亡き後の年数は同じです。来年でちょうど30年になります。初めて行った静岡県清水市にある彼の実家に1日だけ泊まり、夜、ホロヴィッツの話をしたことを思い出します。翌朝、彼のお母さんの作ってくれた大変美味しい朝食をごちそうになりました。ホロヴィッツと私の仲を繋いでくれた彼との大事な思い出です。2回目に訪れたのは数ヵ月後の彼のお通夜の日でした。

さて、そのCD75が近々復活してピアニスト江口玲さんとともにまたステージに登ります。
高木さんのブログ「徒然日記」 には、先月は、このCD75とホロヴィッツについての日記が多く、それを読ませていただきますと、ピアノを「新品の頃の状態に」とか「楽器として最良の状態に」ではなく、「ホロヴィッツが当時使用していたコンディションに戻す」調整作業を施されており、60インチモニターで当時のホロヴィッツの映像を大画面で見ながら、実写と比較して鍵盤の深さやダンパーの上がるポイントをチェックし、モニターの音色で大体ハンマーの重さを確認するというマニア泣かせな徹底した調整が行われており、驚きです。そんな今の高木さんを支えている元々の動機はと言えば、やっぱりホロヴィッツの初来日で聴かれたこのCD75だそうです。TVのスピーカーを通して聴いた私と違って、NHKホールで生の音を聴かれたのでしょうか。CD75、最終調整は間もなく終わり、来月29年ぶりに日本のステージの上に登ります。CD75は、リサイタル当日、ちょうど100歳の誕生日だそうです。ファン必聴でしょう。
詳細は以下の通りです。



*江口 玲ピアノリサイタル
甦る奇跡!江口玲が伝説の銘器《CD75》でリストを語る

ホロヴィッツが恋したピアノ《CD75》
29年の時を経て、再びコンサートステージへ!

日時:2012年6月19日(火)19時開演
会場:浜離宮朝日ホール
ピアノ:江口 玲
posted by: g-ensis | ホロヴィッツ | 13:12 | comments(0) | trackbacks(0) |